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2013年9月25日 (水)

『バガヴァッドギーター』カードについて

『バガヴァッドギーター』カード 、が出来上がりました。

 

3年のインド留学の集大成、

Yogaに生きるための教えのエッセンスがぎっしり積めこまれた

『バガヴァッドギーター』がカードになりました。

Card_2

 

人間として深く大きく成熟するための『ヴェーダ(聖典)』に記された正しい生き方と、

『ウパニシャッド(奥義書、ヴェーダ聖典の最終的な教え)』の自由になるため、

輪廻を離れ、悟りに至るための教え。

その2つの教えを、毎日の生活で実践するための”Yogaのメソッド”が一体になった経典のなかの経典といわれる

『バガヴァッドギーター』。

 

それが、インスピレーション溢れる素敵な絵とともに、なんとカードになりました、

 

 

太古から伝えられる教えのエッセンスを忠実に守りながらも、

より読みやすく、わかりやすく、

現代に生きる私達がメリットを受けられるように

『バガヴァッドギーター』のメッセージを

掴みとることができるようになっています。

 

 

サンスクリット語での原典の詩に、意味と読み方をのせ、

実際に教えをどう応用するか?

を詳しく解説しています。

 

 

今回はとにかく、

 

Yogaの教えを日常でどう生かせるか?」

にポイントを絞りました。

 

 

どうしたら、不自由さや、窮屈さから自由になれるのでしょう?

ストレスなく、苦悩なく、

健やかで静かな心のままいるためには、どういう心構えでいるべきなのでしょうか?

 

たくさんの人と、めまぐるしく変わる忙しい出来事に囲まれた世界にいながらも、

すべてを受けとめ、為すべき事を果たし、真っ直ぐ迷いなく

生きるためにはどうすればいいのか?

 

 

生きる目的をはっきり定め、、

ブレずに、自分の本質を見失わず、納得しているためには、何を思い、何を実行したらいいのだろう?

 

 

この辺りのことを、机上の空論で終わらない”生き方のYoga哲学”として、

”実践すること”

が、このカードのメインテーマです。

 

カードには、哲学の内容だけでなく、 

詩のテーマと関連があるアーサナ(Yogaのポーズ)や、呼吸法、、瞑想法も紹介しています。

 

『バガヴァッドギーター』カードで、

哲学的な教えを学びながら、

幅広くYogaのポーズや呼吸法、瞑想といったテクニックを習得することができるのです~

 

 

なんとなんと!

 

 ・・・

案外、

インドの山奥で、ポケーッとしていたわけでもないようですよ、この人。

 

 

ほとんどの詩を、明け方朝3-5時という祝福された時間に、

お寺の朝の聖典斉唱が聞こえてくる場所で書きあげました。

 

インドの修行場(アシュラム)に師と共に滞在し、3年分の学びを

1年かけて、ゆっくり師である先生の教えを思いだしながら、

教えを噛みしめるように、書きました。

 

 

・・・なので、実は、

今読んでみると

 

「本当に自分が書いた(打った?)のかなっぁ~」

 

と思うような内容が多いことに、我ながら驚いているのです。

 

 

 

ただ忘れっぽいだけなのか?

それとも

超越状態でいたのか?

 

はたまた、、

親切な小人さんか、インド妖精さんの仕業なのか?

 

 

・・・

 

今となっては真相はわかりませんが、

とにかく今読んでみても

自分で

 

「なるほどー。この教えは、肝に銘じておかねばなっ」

とか、

「そっか、悩みはそう考えれば深刻化しないのかっ・・」

と、

たくさんの気づきがあるのです。

 

 

とにかく難しい言葉や概念、

あまりにマニアックなYoga言葉は使わずに、毎日の中で行かせる教えを中心にして、

経典の教えがストレートに届くようになっています。

 

 

3675円で、アマゾンで買えるようです。

 

『バガヴァッドギーター』

 

 

私も早速インドから注文してみましたよ。

(しかも2冊も買っちゃった。)

 

11月に帰国したら、インドでの学びを忘れないように、毎日使いたいなと思っています。

 

54の詩を自然に暗記してしまうくらい読んで、教えを実践し、

真っ直な広い心と、大きな優しさと、慈悲ともって生きる生き方を揺るぎないもの

にしていきたいです。

 

 

3675円と言えば、インドでは相当な額。

 

しかし、思えばYogaのクラスに一回ドロップインではいるのと、ほぼ同じ値段ですねぇ。

 

1回分のクラスで、一生分の教えを、常に自分の傍においておくことができます。

 

あ、

スタバのラテ7回分で、1生の教えが!

合コン一回キャンセル分で、ガンディー師の心が学べる!?

外食2回分で悟りの真髄を手に入れ、

映画とポップコーンとお茶代で、Yogaを極め、

夜遊び1回分で、Yogaを深める日々の基礎を学べる!

あの新作のお洋服代より、遥かに安く、太古から変わらないYogaのエッセンスを体得できる、

 

と。

 

 

そう思えば

きっと

「前向きなお金の使い方をできたなっ」

 

となるはず・・ (なるといいですね!)

 

 

 

 

インド平和の父マハートマ・ガンディー師も『バガヴァッドギーター』を常に持ち歩き、毎日Yogaの心をギーターから学んでいたと聞きます。

 

「私は、毎日、寝る前に『バガヴァッドギーギータ』を開き、そこからYogaの教えを学んでいたよ。

『バガヴァッドギーター』は必ず、その時私に必要な教えなり、メッセージなりを伝えてくれたんだ。」

 

と。

 

そうやって、毎日読み、実践していた『バガヴァッドギーター』のYogaの教えから、

「非暴力運動(Yogaの「アヒーンサ(非暴力)」)」も

すべてを受け入れる「無抵抗」主義も、

余計な物を抱えない、持たない、シンプルな自給自足の生き方も

生まれたといいます。

 

そして不可能といわれていることを、成し遂げたのです。

 

超能力ではなく、毎日をYogaに生き、

丁寧に、目の前に在ることを受け止め、

守るべき事を守り、為すべき事をする、

それで大きな偉業を成し遂げることができる、ということの証です。

 

それこそ、本当のYogaのあるべき姿であり、

Yogaの道。

 

誰に見せびらかすでも、賞賛を期待するでもなく、

自分の成長のために、

自由になるという人間の生きる目的を遂げるために、

そして

世のために人のためになることをすることがYogaなのです。

 

 

正しく、伝統に基づいたYogaを生きることが、

誠の道であることをガンディー師はその生き方で

私達に教えてくれているようです。

 

 

さあ、

 

そんな風にこれから私達も本当のYogaに生きるために、

明日から『バガヴァッドギーター』カード

教えを実践してみませんか?

 

Card

| 向井田みお |

2013年9月24日 (火)

マントラ効果1~マントラとは、これいかに?

 

さて、

 

いつの間にか、ハードコアなYoga情報を、インドの深い森から提供するようになってしまったこのブログ。

 

 

(予定では、インドの面白楽しい留学情報を、女子大生の日記調に書き連ねるはずだったのでは?)

 

(・・うん。そうなんだ・・・

  わかってるよ・・・

でも、この人、こんな風にしか書けないんだ。 

     仕方ないよ)

 

 

 

Yogaと、宗教の危うい境界線を引きにいったり、

 (Yogaは宗教じゃないっス。)

「オームओम्(聖音)」マントラに触れてみたり、

梵字を記事にちらしてみたり、

ドキドキテーマ満載。 

 

ムキキ♡

 

 

さて、今週も元気よく危ういところに、行ってしまいましょう。 

 

今日のテーマは、

「ザ・マントラ」

 

マントラとは、語源मन्(マン「考える、思う、熟考する」)に、

「トラत्र」という接尾語がついて出来上がってます。

「マントラमन्त्र」とは、考えのためのツール、心の道具。

深く考えたり、瞑想したり、

知識を理解するために使われるものという意味です。

 

 

『ヴェーダ(聖典)』の長い詩のこともマントラといいますし、

先週お話しした「オーム(聖音)」のような1文字だけの短い音もまたマントラと呼ばれます。

 

マントラは、人間が声に出し、もしくは心の中で、”唱える”ためにあります。

唱えることで、心や思いに影響を与え、思いや考えを良い方向に変えていくことができるといいます。

 

 

マントラは、薬のカプセルにちょっと似てます。

言葉と音というカプセルの中に、深い意味と微細なエネルギーが閉じ込められているのです。

唱えることで、カプセルを溶かし、

中に詰まったマントラ効果をじっくりと自分に浸透させることができると。

 

だから、

マントラはなぜか唱えると

元気になったり、力が湧いたり、

なぜかいい事が起こったり、考え方や心の持ち方が変わったりします。

 

瞑想で唱えれば、

心の静寂が深まり、自分の本当に良い面が心の奥から汲み上げられ、

私達に元々自然に備わっている優しさや慈悲が花開いたりするのです。

 

今のところ、マントラを唱えることは、実にメリットが多いように思えます。

デメリットは・・

あんまり大声で唱えると、怪しまれるし、近所迷惑、ということくらい?

 

あと、あまりに音痴だと、

「・・テロ?」

と、疑われる可能性が・・

 

 

でも、そんなもんですよ♪

 

 

 

そんなデメリットより遥かに大きいマントラ効果は以下のとおり~、

 

まず朝、太陽の光を浴びながら、「チャンティング(斉唱)」をし、お腹からしっかり声をだすことで、

脳からセロトニンという心地よい物質がたくさん作られるらしいです。

 

朝声をだして聖典を「チャンティング(斉唱)」した後は、心も体もすっきり!

 

1日を大変爽やかに、気分よく過ごせます。

 

そして、

サンスクリット語の正しい発音が身につきます。

 

ということは、日本語の発音も良くなります。

 

なぜなら、母音がベースのサンスクリット語と日本語はとても似ているからです。

言葉をはっきりと一音一音発声できるようになります。

 

発声もよくなりますよ。

 

お腹の中心から声が出せるようになります。

 

 

さらにYogaマニア必見!

 

正しくYogaの用語やアーサナの名前を発音できるようになります。

 

Yogaクラスのマントラも意味を理解しながら正しく発音できるようになるんです。

 

そして、

サンスクリット語を学びたい、経典を読んで見たい、という方!

「チャンティング(斉唱)」が絶対お勧めです。

 

「チャンティング(斉唱)」をしながら自然にサンスクリット語を暗記し、意味をつかむことができます。

ボキャブラリーも増え、文法の法則も楽しく学べるのですね~

 

「チャンティング(斉唱)」をするという事は

聖典やサンスクリット語を学ぶための、最も伝統的で正しいメソッドなのだそうです。

 

『ヴェーダ(聖典)』も『バガヴァッドギーター』も、

YogaSutra(ヨーガスートラ)』もすべてのインドの聖典、経典は口授されてきたといわれてますしね。

 

 

 

 

 

「チャンティング(斉唱)」をすると、

Yogaを深めるために必要な、

そして

人生のあらゆることに成功を収めるために必要な

「アイツ」を、たくさん用意することができる、というではないですか。

 

「アイツ?

 

 

そう、

その気になる「アイツ」

 

それは、

 

ラッキーなことが起こる原因となる「プンニャपुण्य्(徳)」ですよっ。

 

聖典や経典をチャンティング(斉唱)することは、

「プンニャपुण्य्(徳)」を積む行いになるというではないですか。

 

マントラには、「祈り」の要素がはいっています。

だから、マントラを唱えて祈ることで、

 

目に見えている状況を有利にするだけでなく、

目に見えない自然界の法則をたくさん味方につけることができるようになる、というのです。

 

これが、成功へのキ―。

 

心を浄化しようとするYogaも「プンニャ(徳)」をつくる行いとなりますが、

「チャンティング(斉唱)」は、それ以上に効果アリ。

 

人生を成功に導く”徳”をたくさんつくることができるのですねぇ

 

『ヴェーダ(聖典)』や『バガヴァッドギーター』などの経典を読むこと。

ただ黙々と読むのではなく、自然界の法を讃え、

世界に心をオープンし、自分の心の可能性の窓を全開にするように、

声をだしてチャンティング(斉唱)すること。

 

 

 

ぬぬぬ~

マントラ「チャンティング(斉唱)」 ちょっと見逃せないぬっ。

 

 

 

 

続きはまた来週みてみましょう

 

はあ、

 

もっともっとディープになりますよ~

******************

ヘビ退治~の時間ですよ♡

ホーマというお焚きあげの最後には、大切な物をくるんだ供物を捧げます。

Cimg2050_2

*黄色い包みが、大切な供物。

そして最後に「どうか効きますように~」

願いを込めてご挨拶。

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ぺこり


最後に、ちゃんとヘビが落ちたかチェックチェック!

Cimg2048_2

「せんせー、どーです?」

「ン、落ちたよ」

「ホントですか?」

「ウン、

落ちた落ちた。」

ワ―イ ♨ ワ―イ

無事にヘビは落ちたそう。

でもこれで、良からぬことを次に私がしでかしてしまったら、

もうヘビのせいにはできませんな~

 

 

| 向井田みお |

2013年9月15日 (日)

「オームOm」という音のお話し

「オームOm」という音のお話し

 

Yogaをする皆さんに、こんなことはありませんでしたか?

 

「健康のためにYogaでもするかっ」

といってYogaのクラスにいくと、いきなり冒頭で先生が

「ではみなさん御一緒に~、ハイっ!  オーム」

とかいって、Yogaクラス全員で突然のオーム合唱。

 

「えー?えー! キュウに?」

とアタフタして周りを見ると、みんな当たり前のように神妙な顔して「オーム」とかいってる・・

そんな光景に面食らった事はないですか?

 

私はYogaを始めた頃、えらいびっくりしましたよ。

 

「待てよ。 オ、オ、オームだ? あり?これ宗教?

痩せるとか、健康とか、

そっちの路線できたのに・・・なんか違うなー」

 

と、そりゃあ怪しげに感じていました・・

 

「あ、もしや・・? 先生、髪も超長いし。目つぶって、はいっちゃてるし。

クラスの途中で浮いたりしないよな・

そういえば、なんか皆、奇妙に優しかったし、

ひょっとして罠っ??」

 

そんな風にも、思ってしまうかもしれません。

というか、私は思ってました・・・(すまぬ)

 

志高き皆さんは、たぶんそんなことないと思いますが、

私は思いっきり疑ってましたよ。

 

今でこそ先頭きって「オーム」とかいう奴になり果てましたが、

それは意味がわかってからです。

それまでは、長い疑惑と混乱の日々が続いたものです。

 

 

そこで今日はちょっとだけこの「オーム」という音の話しをしてみましょう。

Yoga周辺の怪しいワールドのレッテルを剥がし、

罪なき「オーム」の疑いを晴らし、

Yoga=宗教説を打ち破りたいものです。

 


初めに強調して、言わせてください!

Yogaは宗教じゃないっ!!   宗教じゃないだす」

・・ハアハア(今日は本気です)

 

Yogaは、伝統と格式に基づく“自分のための精神トレーニング方法”。

 

体と心、2つの面から自分と向き合い、自分を磨き、高める方法がYogaなのです。

 

体を動かし、浄化することで病気の原因を取り除き、健康になります。

そして、

心にアプローチすることで、悲しみや苦しみという苦悩の原因を根っこから解放するメソッド。それがYoga

 

誰にも頼ることなく体と心に起こる問題のルーツを自分の中にみて、

原因のレベルからあらゆる苦悩を取りのぞき、

もっと楽に、もっと自由になるための自己トレーニング方法がYogaなのです。

 

そして

最終的に、優しく、心の大きな豊かで深い人になることが

Yogaのターゲット。


Yogaとは、本当になりたい自分になるための、ダイレクトな道ともいえるでしょう。

 

何千年もの伝統に基づき、古くからありながらも、

今も衰えず、確実に結果を出し続けている自分を磨く方法であるYogaの世界。

それを今日は「オーム」という音から垣間見てみましょう

 

 

「オーム」は、サンスクリット語の語源

अव्(アヴ)」。

このアヴという語源には「何かを守る、養う」という意味があります。

 

「オーム」という音の定義は、

अवति रक्षति इत् ओम् 

アヴァティ ラクシャティ イティ オーム

世界のすべてを守る存在、

that which protects and sustains this world.

That is Om  それがオーム」

 

 

AuM  म्という3つの音が連なる音は、

神聖なる音とも「マントラ」といわれます。


3つを一緒に発音すると、アとウがドッキングして、「オー」という音になります。


正しい発音は、「オー」と一気に2つの音を言い放って、「ム」でしめる。

 

長さも決まってます。

ア、ウ.ム、という3音分だけのばすのが正しい長さ。

 

なので、Yogaクラスでやったらめったら長い、

 

「オーーーーーーOooooo-----

ーー(・・まだー?)ooo―――――Ooooo――ムぅぅ」

 

というのは、聖典的に言うとちょっと違うらしいです。

 

・・かといって短く

「オム、オム、オッム♪」

というのもご利益が失われるそうな・・

 

よくインドの修行場所では、

「オ―イ、ちょっと、」というような意味で

「オーム!(オイ!)そこのジャパニーズ、カレーの漬物とってくれぃ」

と食堂でおやじさんに呼び掛けられたり、

 

お寺でオロオロしていると、

「オム、オーム!(ちょっと、邪魔だよ、そこどきなっ!)」

と司祭さんに促されたり・・という意味で呼び掛けられたりしてしまいますが、これは少々乱用気味のセンス・・

 

「オーム」とは、「世界全体を守る存在。そして、世界に生きるあなたを常に守っている存在」のこと。

全世界、自然界に秩序をもたらし、守りながら、世界を巡らせている力の名前が「オーム」なのです。

 


その存在は、今もあなたの体の中で食べ物を消化したり、呼吸をリズミカルに起こしたり、熱をつくったり、耳や目をファンクションさせたりしています。

感覚を起こし、心に感情を湧かせ、頭に考えさせる法則として、いつも人と共にあり、人を守っている存在。それが「オーム」

 

そんな意味をもつ「オーム」は、『ヴェーダ(聖典)』に記された「マントラ(聖音)」でもあります。

 

「マントラ」とは、

「マン 語源मन्(考える)」+「トラ(道具)」

考える道具、心を扱うための道具、といわれます。


だから、マントラは儀式で使われたり、心を扱うための瞑想で使われたり、Yogaの時に唱えられるのです。

 

聖なる音、聖音といわれるのは、

Yogaを含む精神修行や、成熟した人間として生きるためのメソッドが記される『ヴェーダ(聖典)』の中で、

一番最初にあるマントラが「オーム」だからです。

 

『ヴェーダ(聖典)』の、どのマントラも必ず「オーム」が一番初めに記されています。

「オーム(聖音)」は、マントラの中でも最も大事で、神聖な音であるとされているのです。

 

『ヴェーダ(聖典)』は、「オーム」と唱えれば、どんな願いも叶えることができる、といいます。


同じ『ヴェーダ(聖典)』の最終章である『ウパニシャッド(奥義書、ヴェーダ聖典の最終的な教え)』は、

何かをする前に「オーム」といえば、どんな行いも浄化することができる、といいます。

 

『バガヴァッドギーター』という経典では、行いの前に「オーム」といえば、心がキレイに浄化されるというのです。

 

誰もが本当に叶えたいと願う究極の自由も幸せも、

すべて「オーム」の理解と斉唱が連れて来てくれる、と。

 

 

「オーム」は最高の心の浄化道具、聖なる音である、と。

 

そういわれているのです。

 

なぜなら内と外から、全世界を守り養う存在の名前が

「オーム」だからです。

 

「オーム」は、生物の体の中で呼吸として、血液を巡らせ、考えを働かせ、毎日成長させ、体の中から守る者。

生物の体を養う食べ物をつくり、大地を豊かにし、光を与え、風を動かし、水で潤し、星を廻し、外から世界を守る者。

 

世界を動かす法と力である者の名前を理解し、唱えることで、その驚異的な存在の力を味方につけることができるといわれるのです。

 

何が世界を守っているのか?

何が自分を守っているのか?

 

その存在を知り、敬い、委ねることで、人は絶大な力を身につけ、どんな願いも叶えることができると、

そういうのです。

 

「オームAUM」の3つの音は、全世界に広がる存在という意味でもあります。

A」は、現在、わたしたちが今経験している、起きている世界

U」は、夢の世界。

M」は原因、潜在的な状態。

世界の3つの状態を象徴しています。

 

全世界に広がり、全世界を守る存在。それが「オーム」。

 

 

Yogaでは、みんなが素になって、世間での役割を忘れ、体や悩みを忘れることができるほどリラックスし、自分の本心に戻ることができます。

 

そして素の自分、本来の自分である時、私達は世界を守る「オーム」と1つに繋がることができるといわれます。

 

素直に、身も心も、自分を守る存在を知り、

どんな時も裏切らず自分と共にあり自分を養っている存在に心を開け放ち、信頼し、委ねる時、私達はそれは心地よい経験ができるのです。

それが真のリラックスであり、解放と自由の意味。

 

Yogaのクラスでは、みんながそんな究極のハッピー状態になることを祈って、冒頭で「オーム(聖音)」と、唱えるのです

 

しかも、「オーム」は唱えるだけで、ご利益アリ! 心も体も浄化される、というではありませんか。

 

 

・・・うん、もう唱えない理由がないねぇ・・・

 

 

 

というわけで、「オーム」の怪しいレッテルをがっさりとって、

ご利益満点インドの古代の知恵に現代人の我々もあやかろうではないですか

 

 

リラックス、りらっくす

 

さて。

 

Yogaについても、「オーム(聖音)」についてもわかったところで、今度はマントラを唱えることについてちょっといてみましょう。

 

もともとYogaの教え、『ヨーガスートラ』も

『ヴェーダ(聖典)』も『ウパニシャッド(奥義書)』も、『バガヴァッドギーター』も皆口述。


唱えるだけで、教えは伝えられてきました。

 

先生から生徒へ、音だけで教えが伝えられてきたという凄さ。

 

紙も道具も、本やipadの類も使わず、耳と口、

それを繋げる「音」によって、人間に真実を見せ続けてきたのがマントラの斉唱。

 

音だけで、知性に「理解」を起こし、真実のヴィジョンを見せること。

それがマントラやスートラという音と意味。

 

スートラを知り、マントラの意味を知り、唱える事ができる人は、世界の何にも頼らず、己の力で、

自由で幸せな、悟りの境地にいることができるというのです。

 

 

むむ、ちょっと、かっこいい。

 

 

何も持たず、何も抱えず、何にも依存することなく、

1人孤高に己の事実を真っ直ぐ生きる人。


それがマントラを斉唱する真のヨーギーらしいのです。

 

 

すごいっ!

 

そんな風に自立したカッコいいYogiのために、

唱える事だけで教えが伝わり、教えのヴィジョンが蘇るように、マントラもスートラも作られているのです。

 

そして、意味を知りながら唱えるマントラは、とてつもない力を発揮するといいます。

 

 

 

実は、このちびっ子異星人の私も、インドで3年、実験的に毎日マントラを唱えてきましたが、

ここにきて、その凄さをヒシヒシ感じておるのです。

 

なんとも言えないが、確実に何かが起こっている・・・

目に見えない効果があるようなのです。

 

 

朝、東を向いて唱えれば元気になるし、夕方唱えれば気持ちが落ち着きます。

日中、ちょっと気分がすぐれなくても、気合いを入れて唱えると体の中から力が湧いてくるような感じです。

 

日々いろいろな問題が起こっても、トータルにみればなんとなくいい方向に動いてくれているように思えますし、


とにかく心穏やかで、静かでありながらも、ブレない強いエネルギーに支えられ、真っ直ぐYogaの道を歩き続けていられるのです。


それがマントラの力なのかもしれん、と思えるのです。

 

そうでなければ、この宙ブラリンのオロオロ星人である私のような人間が10年もYogaを続けられるはずがない・・

 

聖典にいわせれば、サンスクリット語のマントラを唱えると

「ブランマバルチャス(ブランマの輝き、力)」

という不思議な力が、その人の輝きとなって湧いてくるというではありませぬか。

 

 

こ、これは、ぜひ唱えねば!

 

 

「あれ、ひょっとすると、マントラ効果絶大?」

と思うようなシチュエーションに私も巡り合ったりしております。

 

体を動かすYogaの次は、声だすYoga・・?

 

まあ、とにかく唱えることで

元気になり、

クヨクヨした悩みを吹き飛ばせる

パワフルなマントラの世界をちらりとのぞいてみましょう♪

 

 

*****************

 

いや~皆さま、

  恒例のヘビ退治のお時間がやってまいりました。

 

 

そうそう、

先週は火に供物を捧げ、マントラを唱え、祈りが届いた所で、

私にがっちりとりついたというヘビを撃退!するところまでみ

ましたね。

 

そして、

とりついたヘビをなんじゃかんじゃして、

このパンの中に閉じ込めました。





Cimg2036

(これが、ヘビが閉じ込められたパン、ヘビパン)

 

 

 

そして、いよ

いよこのヘビパンを闇に葬りますですよ。

 

じゃ~ん

 

これが、ザ・葬り!

Cimg2043

パンに乗り移ったヘビと蛇の卵を、願いを込めながらぐっちゃぐっちゃに壊し、

まぜまぜに混ぜ、

こねこねにします。


そして撒く!


Cimg2044

 パッと撒く!

 



蛇どもよ、散るがいい!ワッハッハ

 



こねてこねて、

Cimg2045


パッ!

 


Cimg2044_2

 散れ! うりゃー、退散ぢゃーー!

 

ああ、それはもう、全身の力と念を込めて、しっかり葬り去りました。



・・卵の形のパンもまぜまぜにしたんでね。

多分カムバックはないでしょう。

 


 

長い儀式も来週でクライマックス。



体を浄化し、ニューボーン!(新生)するプロセスをご覧にいれたいと思います。

 

ではまた

| 向井田みお |

2013年9月 8日 (日)

Yogaの意味、って結局何?_Yoga言葉解説_

 

もういちど、「Yoga」という言葉のお話し。

今日はこのYogaという言葉の成り立ちからみてみましょう。

 

Yogaのサンスクリット語的正しい発音は、ヨーガ。

「オー」がのびます。

サンスクリット語ではयोग、という表示になります。

 

日本語のエ、オにあたる音がダブルの長さになるのがサンスクリット語の特徴。

「エー」、という音と「オー」

 

アシュタンガをされている方ならご存知

一番目のポーズは、「エーカ」=1.

サンスクリット語の1は「エーカ」、1本足で立つポーズなど「エーカパーダ」となります。

エカ、じゃないんですね。

 

同じように「オ」もダブルの長さになります。

だからよくヨガのクラスで唱えられるマントラ「オーム」となったり、

Yogaも「ヨーガ」と発音されているのです。

 

そんなYogaの語源は√युज् (ユジ)。(√ ルートのマーク。語源、ルーツを表します)

これには沢山の意味があります。

 

♪語源ユジ√युज्の意味

結ぶ、関わる、混ぜる、治す、直す、自分の物にする、準備する、使う、

アレンジする、集める、約束する、供える、望む、ひっこめる、練習する、従う、結婚する、カップルになる・・など

 

たくさんあるんですな。


ネットでみれる辞書でも、軽く1ページ文はあるようなたくさんの意味をもつのが、यज्ユジとい語源.

この語源に、語源の意味をそのまま単独の言葉にできる便利な接尾語 घञ् ガンニュ」 という奴がくっついて、なんだかんだ音が変化するルールを経てYogaという言葉になっています。

 

य़ोग Yogaヨーガ=युज्語源ユ  +घञ् 接尾語ガンニュ

घञ्  भावेइथバーヴェーアルタ

(語源の意味をそのまま動詞や名詞という言葉にすることができる接尾語)

 

この便利な接尾語がくっついているために、Yogaという言葉は語源の全部の意味になれます!



なんと、なんと・・

 

 だから、どんな風にもYogaという言葉は解釈できるのです。

 

Yogaという言葉には、インドの小学生が使う辞典でさえこれだけの解釈があります。

 

Yogaの意味

直す、結ぶ、手に入れる、練習する、厚い、チーム、状況、アレンジする、備える、治す、方法、章、コンビ、結婚、アレンジ、ビジネス、乗り物、星座・・・

 

だから、

どこの、だれが、どんな意図で「Yoga」という言葉を使うのか?

伝えたい人の気持ちによって、Yogaの言葉の意味が変わります。

 

Yogaは、その言葉を使う人の思いや意図をいくらでも載せて解釈できる、大きな言葉なんですね・

 

Yogaをどう解釈したいのか?や文脈で意味が別れるので、沢山の意味が認められているのです。

 

インドでは、普通の人がYogaといったら、乗り物や結婚式、くっつくこと、交差点、または本などの「章」、欲しいものを手に入れる方法などを意味することが多いです。

普通の日常生活で使われています。

 

「なんちゃらYogaが、なんだかんだー」

 

とお話しの中に入っているYogaは大体、結婚とかくっついてることの意味。

 

でも、スピリチュアル界?精神修行界、特殊なYogaの世界では、Yogaはくっつく、関係する、結ぶと解釈される事が多いです。

それでも、皆がいろんな立場でYogaの意味を独自に解釈しています。

 

例えば

サンキャー派の人に解釈させれば、Yogaは「個人の魂を全体の生命プリンシパルに結びつけること」。この辺が、体、心、感覚の統一、魂の統合、とか言われるアレですね~

 

ジャイナ教の人は、関わること、下界と混じわることをYogaといいます。

 

仏教のある一派の人は、「心とは、実体のない瞬間的に現れては消える儚きもの。すべて消えさるもの」(ヨーガアーチャーラ派)とおっしゃるようです。

 

『バガヴァッドギーター』という経典で使われているYogaは、「章」の意味でも使われます。

6章は「ディヤーナ・ヨーガ」といったら「瞑想についての章」という言う意味です。

また、「くっつく(サンヨーガ)」とも、「離れる(ヴィヨーガ)」とも、

どっちの意味でも使われます。

 

・・ははは

 

インド占星術の人は、「Yogaは星座の事ですぜ」、といいます。

 

と。

 

そんなYogaを修行の体系として、

『ヨーガスートラ』という本を編集したパタンジャリさんが解釈すれば、

 

Yogaとは、

「チッタ ブルッディ ニローダ(心の動きを1つに定めること)」。


心の動きを定めること、それを「サマディー」といっています。

 

つまりYogaとは「サマディー」のこと。

 

「サマーディ」という、日本語では「三昧」とか翻訳される

「心が動かない、超集中しているとき」の状態が、Yogaであると・・

そうパタンジャリの師匠は教えるのです。


 

サマディーとは?

それは、

ラーメンをすすっているあの無心の状態、究極の精神集中状態。

それは、中華三昧・・?=ラーメンサマディー

 

何かに心が夢中になっていること、

贅沢三昧?グルメ三昧?読書三昧?おしゃれ三昧?

 

・・と、とにかく

 

無心になって、何かに没頭し、とんでもない至福を味わっている状態が「サマーディ」。

 

私達がヘタな考え事をせずに、ムダに悩んでない時は、とりあえず苦悩から自由ですからね~。

ハッピーです。

 

時間も空間も、悩みごとも、こまかい約束や、普段考えてるごちゃごちゃした事が心にない状態が「サマディー」

 

そうですよ、

絶品スイーツを、頬張っている時や、

大好きなものをうっとり眺めてる時が、「サマディー」なんですよ~

 

 

この「自分、今最高です!」

 

といえる大変心地よい「サマディー」を、自分以外の物に頼らず、依存せずに、己の力で獲得することが、

「サマディーのためのYoga

 

そうやって

自分の意志と努力で「サマディー」に至る方法や練習がYogaであると、

そして努力の暁に、サマディーに至った精神状態のこともまたYogaである

と、いうのだそうです。

それがパタンジャリ先生のYogaの解釈。

 

現在

Yogaをしている人の、Yogaの意味はこの解釈にフィットしますね

 

 

よく教科書に書かれている

Yogaの語源とは、何かを繋ぐという意味のユジ。昔は、Yogaは“クビキ”ともいわれていました。」

という事も正しいです。

『ヴェーダ(聖典)』には、文脈の中でYogaという言葉は、牛を繋ぐ“クビキ”の意味で使われていることもあるからです。

 

 

というように、Yogaはたくさんの意味があります。

 

それはみーんな、アイツのせい。


・・・ え?  ・・たしか、「ガン・・ニュ?」

 

そうそう、ガンニュघञ् の仕業。

 

私が3年必死で勉強していたインドの聖典『ヴェーダーンタ(ヴェーダ聖典の最終章)』では、

Yogaとは、自分の真実に至ること、「モークシャमोक्ष(悟り・自由)」―といわれる解放のプロセスを意味しています。

カルマの束縛から解放され、自由になるための手段は皆Yoga

だから、正直でいることも、人に優しくすることも、自然を守ることも、物を大切にし、欲張らず、抱え込まず、規律正しく生きることも、経典を学ぶことも、体を動かすことも、瞑想も

みんなYogaというのです。

 

ほほぅ~

 

んで、結局、Yogaって何よ?

 

と、そう問うならば!

(まとめ)

Yoga業界では「練習、サマディー」の意味。

サマディーのために己を収める修行をすることがYogaの意味

 

一般的には、物をくっつけたり、原因と結果を繋いだり、関係を繋ぐことがYoga。


そして、おおまかな意味は、“なんか関わること”。

それがYogaという意味・・ってことで、


どうでしょう?

 

 

 

 

 

 

来週はあの禁断の「オーム」の意味を、語源から覗いてみましょうか?

 

・・怪しくないですよぉ~(そういうから、怪しくなるんで・・)

 

ではまた!


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さあ、おまちかね?(だれも待ってない?)

  ヘビ退治の時間です。


ホーマというお焚きあげの火にマントラと共に供物をくべます。



Cimg2039_4

「ていっ。 気合いでくべてやる~!!」



で、一通りお焚きあげが終わったら

ヘビパン?に私にとりついたヘビを移動させます。

そして、パンに入ったヘビをヘビ塚といわれれる

ヘビを収めるお墓?におとなしく入ってもらうわけですよ。



Cimg2040

ヘビパンに、中腰で願いを込めるあたくしと、それを見守る

裸の親父たち(司祭さんたち)。




来週はついにヘビをパンに移動させるの巻。

とりついたヘビをしっかり納めますので、お見逃しなく。


Cimg2042_2

供物が届くことを見届ける私。


しかし、この左の親父さんの背毛? すごいな。


どうぞお楽しみに~


| 向井田みお |

2013年9月 2日 (月)

結婚も子育てもYoga

結婚も子育てもYoga

前回書いた「相手に勝たせることが、自分の本当の勝ちになる」

これを心に留めておけば、結婚も子育てもすべてYogaになると、

そう私の師であるインドの賢者はいいました。

 

Yogaの目的は心を浄化し、自分を磨き高めること。

そのための練習や手段、方法はすべてYogaと呼ぶことができます。

 

人との関係の間でしか見えないこと、経験できないことがあります。

人は人間の間に入ってこそ、はじめて磨きあげることができる、ともいわれます。

インドの最古の聖典も同じことを教えています。

それは、自分を磨く一番の方法は、人とのお付き合いの中においてということです。

 

生の人間同士の付き合いは、エゴをぶつけ合ったり、主観をのせてお互いをみて期待しあったり、傷つけあったり・・・

人間関係は、いつも楽しく快適で、愉快なことばかりではありません。

それでも、時に喜びあい、幸せを分かち合い、絆を深めあうことができます。

そんな密な関係の中で、私達は相手を認め、受け入れることで、自分の人間性を高め、成熟することができるのです。

 

私達は毎日、人間関係からいろいろなことを学んでいます。

さらに、この学びを深める方法が、態度と心がけ方を変えて、人とのお付き合いをYogaにするということです。

 

他人との関わりの中で、自分の思いと態度を変えること。

その鍵は、

「相手に期待せず、相手のありのままを認め、受け入れること」。

他人に自分の都合やエゴイスティックな考えやプレッシャーをぶつけないこと。

 

「ああして欲しい、こうなって欲しい、」

「やさしくして欲しい」

「もっと気を使ってほしい」

「あんなことはやめてほしい」などなど、

私達は他人をありのままを受け入れず、自分の「欲しい」気持ちをのせて、相手をみてしまうことがあります。

しかし、他人は自分の思い通りにはなってくれないものです。

 

自分の思い通りにならない相手を憎んだり、怒りすら覚えることもあります。

自分勝手な思いや期待を裏切られたと感じた時、相手に傷つけられたりもします。

自分が拒絶されたと悲しんだり、その反動で、相手を恨んだり、嫌悪したりもするのです。

でもそれは全部相手のせいではなく、冷静に考えてみれば、自分の思い、主観的な考えだけが原因。

相手は何も悪くありません。

 

多くの人が他人を自分の都合や思いどおりに変え、コントロールしようとします。

そして、コントロールできず、その結果、傷ついたり、落ち込んだり、人間関係を複雑にしてしまいます。

 

自分以外の誰かを変えることは、誰にもできませんし、

そんな権限は誰にもありません。

 

だからこそ、人間関係を円滑なYogaにするには、

自分のエゴを収め、相手を認め、相手を勝たせよう!と、

自分の考えをしっかり定め、決意し、意識しておくことが大事なのです。

 

相手を大事にする、その誓いを実行しようと決意することで、結婚、家族、友達、仕事、普段の人間関係は、

「ラーガ・ドウェーシャ(好き・嫌い)」から始まるエゴを落とし、心を浄化するYogaとなります。

自分の思いを変える決意、態度を正そうとする意志のことを

Yogaの言葉では、「サンカルパ (誓い)」といいます。

心の誓いは、立派なカルマとなり、誓う事によって、行いには相応の結果が必ず生まれます。


「いつも相手に気分よく勝たせる。そして相手を勝たせた自分が、最終的な勝ちをおさめる」


その誓いの元にされた行いの結果は、自分の心を浄化し、人格を高めるのです。

 

 

円満な結婚生活は、特にこの決意「サンカルパ (誓い)」が肝心といわれます。

生き方のYogaが浸透しているインドでは、結婚は義務。

結婚は、人としてより深く大きく完成するために必要な課題であり、

スピリチュアルな面で成長するために人が果たすべきプロセス。

 

成熟するために個人に課された宿題が、 “結婚、家族” 他人と共に生きることの意味だといわれます。


好きだから、愛しているから、一緒にいたいから~

という理由で共に生きるわけではありません。

結婚や家族関係を持つことは、人として為すべき義務。

その関係は、まさに運命共同体のようです。

 

結婚相手となる人は、お互いに過去のカルマの関わりによって、この時代に、この世界で知り合うようにうまく仕組まれています。

(その秘密は聖典のみが知ることです。)

 

今回の人生に共に生き、お互いに人格を磨き合うために一緒になるのです。そして2人で人間の究極の生きる目的「モークシャ(悟り・自由)」へ向かう事。

それが結婚の意味だといわれています。

 

インドでは、結婚は祝福すべき事だけれど、あまーい関係でもなければ、結婚するしない、と選べるようなことでもありません。

それは人として為さなければいけない課題なのです。

 

 

結婚する相手は、恋愛でもお見合いでも、必ず過去の因縁?

いや、摩訶不思議な強いカルマの繋がりがあります。

その相手でなければ、解消できないカルマをお互い消化するために、共に生きる運命になっているのです。

 

特別な相手と、特別な人間関係を結ぶことで、お互いぶつかり合い、傷つけあう事で磨きあい、高めあい、それぞれが精神的なネクスト・ステージへ進むようにアレンジされているのが結婚というシステム。

 

Yoga的な結婚は、お互いの成長のプロセスであり、同じ様な学びは、子育てや、親子関係、家族との関係についてもいえます。


結婚、子育て、家族というユニットで生活すること。それはお互いに慣れ合い、依存しあい、期待しあう関係でいるということではありません。

 

パートナーも、自分の親も、子供も、兄弟も、お互い独立した人間として認め合い、それぞれが成長するために集った仲間と考え、相手を尊重するというのがYoga的家族の考え方。

 

自分のパートナーも、子供も親も、自分のものではありません。

だれも、何も、世界にある物事を変えることはできません。

世界は、自分の都合や思い通りに変えることはできないということを学び、

物事を冷静に見ること、自分の考え方を成長させること、世界をそのまま認め、うけいれることが人と一緒に生きる目的といわれます。

 

家族といえども、それぞれ個別の人間で、別々の課題をもち、違うカルマを持っています。

お互いが今より成熟するために、共に生きるために集ったスピリチュアルな同志とも言えるでしょう。

 

複雑な世界でどうにか生き抜く戦友?のようでもあり、

同じ場所で生きることでお互いに、己のカルマを清算しあう運命の仲間。

スピリチュアルな深い繋がりを持つのが、『ヴェーダ(聖典)』に記されたYoga的な結婚と家族の意味です。

 

 

他人と一緒に暮らすことはいい事、楽しいことばかりではありません。

信頼し合い安心できる関係にあるからこそ、お互い心に深く眠る感情や、潜在的な怒りや悲しみ、といった思いを解放し、相手にぶちまけてしまうこともあるでしょう。


エゴがぶつかりあい、憎しみや嫌悪というネガティブな感情が現れ、

「なんでこうしてくれないの、許せない!」

「どうして、あんな態度をとるの?!」

という疑惑やフラストレーションをぶつけあうこともあるはずです。

仲がいい程、深刻な喧嘩をするし、深く傷つけあうこともあります。

 

でも、それが人間関係で学ぶというプロセスであり、とても自然なことだといわれます。

相手と気まずくなる度に、自分の感情を収め、相手を大事にする術を私達は学ぶからです。

 

そこで、どんな人間関係においても、心の誓いを

「相手に勝っていてもらう!」                                  

としておけば、結婚や家族関係の維持はとても意味深いYogaとなります。

 

同じことは子育てについてもいえます。

新しい命を生み、子供を育てることは、宇宙の創造!クリエーションにダイナミックに貢献することです。

子供を生む、育てることは、実は壮大なプロジェクトなのです。

 

それは、簡単なことではないからこそ、その中で深く学び、大きく成長するためのYogaになるというのです。

 

『ヴェーダ(聖典)』のヴィジョンでは、今の家族となっている人達は、過去の生でも近い関係にあり、様々に関係を変えながら、今もお互いに学び続けているといいます。

 

今のあなたのお父さんである個人は、過去にはあなたの娘だったこともあったでしょう。

今のお母さんの立場にいる人が、過去ではあなたの妹という関係であったかもしれません。

今の兄弟が過去のあなたの息子や祖父であったという設定もあったはずです。

 

そんな風に家族という人間関係は、過去から繋がり、お互いの学びのために、再びこの世界で巡り合ったスピリチュアルな仲間の集いです。

お互いにさらなる成長を目指して共に生きています。

 

主観や感情が激しく入り乱れ、依存しあい、期待し合い、傷つけ合う結婚や家族という人間関係も、

少し大きく俯瞰してみれば、相手を認めることができるようになります。相手の癖や習慣や発言も受け入れ、許せるようになってきます。

その心の幅を養う事がYogaといわれるのです。

 

大きなヴィジョンで物事をみて、あるがままに抵抗しないこと。

媚びへつらうのではなく、相手を認め、相手に気分よく勝たせることができる態度と大きさをもつこと。

そしてトータルで、己に勝つこと。

 

それが心を磨き、自分を高め、広く大きな心と優しさを持つ術、Yogaとなるというのです。

その態度で臨めば、結婚も子育てもYogaになるのです。

 

Yogaは、洞窟に籠ったり、長い時間「無言の行」で瞑想したり、インドの山奥に入ったり、出家したり、宙に浮いたり・・・特別なことをすることではありません。

奇抜な行いが、自分のエゴを落とし、考えをはっきりさせ、優しく、心の綺麗な人間と成長させてくれるわけではありません。

 

Yogaを極めることは、スピリチュアルなロマンを追いかけることでもなければ、

突拍子もない修行で他人に迷惑をかけることでもありません。

 

毎日を丁寧に生き、自分の今目の前にいる人を大事にすること。

些細な出来事からも、学び続けること。

自分を高めるという志を常に持っておくこと。

 

何をするか?ということよりも、

ありふれた些細な日常や毎日の人間関係の中で、

どんな心するか?が大事です。

どんな思いと意図で、目の前の状況にどう対峙するか?

ということが生き方をYogaにするのです。

 

結婚も、家族との生活も、子育ても、

相手を一番大事に思う事で、心を磨くYogaにできると、

インドの聖者はそんなことを教えてくれたのでした。

 

 

さて、

来週は、ところで、そんなにYogaYogaっていうけど、

Yogaって本当はどんな意味?

くっつける? 繋がる?結ぶ?練習?修行??いったいどれが本当の意味?

 

という素朴な疑問を

Yogaという語源と成りたちをみて、

本来の意味と目的をみていきましょう~!

 

 

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えー、ヘビ退治?の続き・・であります。


Cimg2028_2

ヘビ退治には、ホーマ「होम」という火を焚き、その中に供物をたくさんくべる儀式をします。

写真はホーマの用意と、

マントラを唱え供物を捧げる裸のおっさん軍団

(・・司祭さんですからっ)


おそらく、この「ホーマ」が日本の護摩焚きの「護摩」のルーツかと・・

 

まずは、火を焚く前に「サンカルパ (誓い)」を立てるマントラと祈りを述べます。

 

もちろん

「どうか蛇をどかしてください。そして、どうか人間的な進歩と成長を!!

もうはっきりいって悟りとか、どうでもいいんです。

ただふつうに常識ある大人に、

本当にふつうに、しっかりした、優しい人間になりたいだけなんです。

っていうか、人間になりたいよぉぉ(号泣)」

 

・・と

ウ・・・・ム・・

 

で、

Cimg2036

これは蛇をかたどったパン (?)

 

ここに、あたくしめに取りついてる蛇をヒョイと移すのです。

そして大撃退のはじまり!

Cimg2037

 

怪しげな蛇のたぐいの妖怪たちよ、

とっととパンの中へ入っておしまいなさい~



 どうか上手くいきますように・・・

 

続きはまた来週

| 向井田みお |

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