« 2012年7月 | トップページ | 2012年11月 »

2012年10月22日 (月)

My Life is Yoga3_“物に振り回されずに生きていく!”

どんなに忙しくても、自分を見失ってはいけません。

 

「心を亡くす」と書いて「忙しいよぅ~」ですが、Yogaはそれとは正反対の生き方。

「いかに心を自分で、自分自身に治めることができるか?」が手段であり、

ゴールは

「心の正体を突きとめること。」

そして

「心を扱う自分自身とはいったい本当は何者か?」を知ること。

これがYogaの最重要事項です。

自分を見失っているばやいじゃない!

 

Yogaは自分を知るために、その探求の道具として心・体を扱うためにあるメソッド。

Yogaの修行自体は「いかに真剣に自分に向き合うことができるか?」

ということが要であり、

向き合った結果、常に自分であることを受け入れ、楽しめることできるようになるのですね。・

 

Yogaは他人のためにするのではなく、自分を最適にするために行うのです。

だからといって、「私が、私がぁ!」とガツガツいく利己的な修行でもありません。

Yogaで自分を最適にしている人は、自分に対して違和感も不安もプレッシャーもない。

だから他人を受け入れる心の大きさと広さができる。そのゆとりが、周りの人に良い影響を及ぼすことになる。Yogaは自分をしっかり扱った結果、周りとも上手に、軽やかに調和して、世界を楽しくすることできるようになるメソッドなのです。

 

Yogaをして変えていくべきなのは自分、変えることができるのはただ自分のみ。」

世界はあるがままにあるだけで、それをサラサラと受け入れ、受け流すもの。

他人をどうこうしようとか、世界を変えようとか、そういう暑苦しい野望も、押し付けがましい希望も願いもYogaには一切ありません。

さっぱり、すっきり、自己の問題にのみとりくんでゆく。

とにかく明快で、他人に迷惑をかけない地球にやさしいメソッドなのですよ。

 

 ☆

というわけで、Yogaの目標は、

「自分であることを完全に受け入れること。」

そのために、自分が歩いていきたい方向をちゃんと定め、ぶれずに進んでいけるようにする。

迷う自分や、オロオロしたり、ブレブレにぶれて、挙動不審な自分をだれが一体受け入れられるというんでしょう?そんな人、我ながら扱いに困ってしまいますね。

だから迷わないために、見極め、突き詰めていく。

自分が本当にやりたいこと。

達成したいこと。

心から好きなこと。

本当に必要なもの。

本当に手にしたいもの、とりあえず欲しい物。

こういうことに向き合って、11つ自分で見極めていくのです。

そうして無駄な探求や無駄な動きをできるだけ省き、1つの目標に身も心も集中させてゆく。

「本当に欲しいもののために、自分は今実際何をしているのか?」

達成したいことと、まさに今自分がしている行いの間に、一貫性があるのか?

目的と手段が一致しているのか?

を冷静にいつもみていること。

未来と今の繋がりを常に把握し、

他人任せではなく、自分主体で生きているかどうか?

ここが揺らぐと、生き方全体がなんとなくグーラグラ、フラフラしてしまいます。

 自分自身のはっきりした思いを心静かに、何度でも思い返し、その都度確かめていくこと。

もし、ブレテいるのに気がついたら、必ず元の道に戻ってくること。

 

これがブレずに、真っ直ぐYogaに生きる自分の核となるのです。

 

そして、今自分に与えられている体、呼吸、心のすべてを、

「なんのために、どう生かしていくのがベストなのか?」

をしっかり考えて、毎日やるべき事を果たし、丁寧に生きていくこと。

そうすると周りは自然とそんな自分を応援してくれるようになり、生きる道はスムーズになっていくようなのです。

 

“自分と向き合う事”

そして

“周りと調和すること”。

どんな関係においても、自分をしっかり保っているからこそ、周りの物や人と上手く調和していくことが可能になるのですね。

 

でも、もしかしたら今の時点で

「自分の本当に欲しい物ってなんだろー?」

と考えて、それでも答えははっきりとしていないかもしれません。

・・でも心配無用。

毎日Yogaを練習し、自分に真剣に向き合い、体を整え、呼吸や心の動きを客観的にみつめ、瞑想することで、心の雑音が静まり、落ち着いた澄んだ心になっていきます。その時、心の奥に埋もれているような本当の思いや希望は自然とくみあげられ、姿を現してくるのです。

さらに練習を続けることで、その形はどんどんはっきりとしていきます。

こうして、他人や情報に簡単に流されない自分の核心と、生き方のスタイルは定まっていくのですね。

自分の方針をしっかりうち立てておくことは、練習と心がけしだいで、だれでも必ずできるようになります。

 

何に対しても、どんな状況でも自分の考えをはっきり持ち、

自分であることに快適であり、

自分を楽しむゆとりと客観性がもてること、

これがYogaで得るべき成果なのです。

 

さらに古のYogaの教えを学ぶことによって、自分の考え方や方向性というスタイルは、知識にバックアップされて、より強いものになります。

経典の言葉が、人生における大きなヴィジョンを見せてくれ、正しい考え方を示してくれます。伝統的な教えと、自分のやり方が違っていないかを確かめながら、常にあるべき方向に迷いなく進んでいくことができるようになるのです。

さらに古のヨーギー達や、現在も多くの人に尊ばれ大きな心をもって生きている偉大な魂のヨーギー達の存在が、Yogaのメソッドの確かさを証明していてくれます。




****************************

食器も最小限。


インドに来た時、お皿や器をいろいろ持ってましたが、今はこの

カマンダル

といわれる取って付きの入れ物2つ。

朝ごはん、ランチにスープや、お粥や果物、ヨーグルトをいれて

そのまま持ち運べて便利きわまりありませぬ。

Cimg2014

Cimg2018

・・・インド版弁当箱を持って気取っているのは何人?

| 向井田みお |

2012年10月14日 (日)

My Life is Yoga 2 “物に振り回されずに生きていく!”

My Life is Yoga 2“物に振り回されずに生きていく!”

本当に欲しいものを見失わないために、余計な物を持たない生き方をYogaで実践しましょう。

 

YogaSutra(ヨーガスートラ)』の教えより学ぶ“物に依存しない生き方”

「アパリグラハअपरिग्रह(貪らない、慎みを知る)」<ヤマ>

「サントーシャसंतोष (満足すること、足るを知ること)」<ニヤマ>

 

 

*****

 

 

 

「あれ?なんかおかしいぞ?」

物に対して、妙な気持ちになったことはありませんかね?

片づけや掃除をしながら、すっかり疲れ果て、

使いきれていない物の山をみて、完全に物を持てあましている己の惨状を目にすると、

なんか物よりもっとずっと大事なことを見失いかけている気分になりますねぇ。

 

Yogaをちゃんと実践している皆様に限っては、まさかそんなことはないと思いますが、

 

・・・

私はそんな“まさか!”な状態がよくあったものです。

 

 

自分が持っている、と思っていたはずの物たちが、いつの間にか自分を振り回しはじめている。

初めは自分が物を選び、買い、所有し、物を扱っていたようにみえていた。

けれど、

気がついたら物に生活や考えが支配され、自分が物の奴隷のようになってしまっているじゃないか・・

うーん、関係があべこべになってしまっているな。

 

快適になるために、幸せになるために、

もっと便利に、もっと自由になるために物を持っていたはずなのに

今や物に縛られ、見動きが取れない。

 

捨てたいけど、捨てられない。

執着や妙な気持ちが付着した物たち。

 

バーンと誰かに譲ってしまいたい, けれどそんな勇気もなく。

いつか使えるはず、そのいつかを待っていても、その日が来ることもない。

使いきれていない、生かしきられていない、好きでも嫌いでもない物たちに囲まれている。

 

捨てるOR捨てない? 

とりあえず収納?

でも一体どこに?

 

片づけや収納、メンテに途方もない時間とエネルギーが物に取られてしまっている。

 

物をあれこれするのに消耗し、いやになり、適当にごまかそうとして、忘れたふりをする。そして後日同じ様な物を買ってしまったり、いざ使おうというときに本格捜査をしなければ肝心な物がでてこない!という状況に至る・・

物を買い求める時間、探しものをする苦労とエネルギー。

 

「このすべての時間やエネルギーを有意義に使えていたら、きっと俺はこの人生で何か達成できたはずだよなぁ~」

と思われる程の膨大な無駄・・

 

 

これが、物に振り回されているという惨状ですよ、奥さん。

心あたりありませんかっ?

物にハマって自由になれない恐ろしさ。

 

Yogaを志す私たちの本音は、

「本当に欲しいものに向かって迷わず生きていきたい。」

「束縛や苦悩、不自由なことから解放され、自由になりたい。幸せになりたい。」

「いつも、どこでも、心が平和で、落ち着いて、優しく大きく広い心の人間でありたい。」

というところにあるはず。

 

Yogaをする人は、今の自分からもっとよりよく成長することを望み、

周りに揺さぶられたり、迷ったりせず、しっかり生きたいと願っている。

 

それなのに!

願いも空しく、心が迷い揺れたりしているのはなぜなのだ?

っとに、困ったことです。

 

自分を取り囲んでいる物との関係、

人との関係において上手にバランスをとれなくなっていたり、

関係性の中で優先順位や本当に大事なことを見失ってしまっているのはなぜだー?!

頭をかきむしりたくなります。

 

 

その理由の一つには、

物の絶対量と、関係の複雑化、

ということが原因としてあるのだろう、と思います。

 

多すぎる物をもっていると、どうしてもメンテナンスができない。

抱えきれない程の関係を物に対しても、人に対しても結んでいると、どうしても複雑化してしまう。

多くの物にまみれ、複雑になった関係のなかで、ごちゃごちゃごにゃごちゃしていると、心地よく自由でいることが難くなってしまう。

 

何が悪いわけでもない。

まして、物が悪いわけではない。

人が悪いわけではない。

 

自分が揺れるのは物のせいでも、他人のせいでもない。

関係の中で、うまくバランスが取れなくなっているだけ。

物や人に対して、良い関係、しかるべき距離感を保てなくなっているだけ。

 

だから今ここで改めてしたいことは、

物の絶対量を減らすこと。

そして、

人と物との関係における自分のスタイルをもち、よい距離感を保つこと。

 

どんな関係の中にいても、

「自分はどうしていたいのか?どうあることが自分にとって快適なのか?」

を常に心に留めておくこと。

他人と比べても仕方ない。

 

自分にとって風通しよく、自由で幸せでいられる関係を物にも人にも、常に保っているようにする。

何が大事かは人によって異なります。

基準はあくまでも自分。自分の心が唯一の証です。

 

そのためには、自分の心の状態、関係のあり方を意識的に、客観的に見ておく必要があります。

物や関係との距離をおいて、静かな目で自分の心を眺めていく習慣をつけていくこと、

つまり瞑想の習慣をつけていくことが大切なキーになります。

 

Yogaをして体と心を冷静に見つめることで、自分のヴィジョンを失わないでいることができるようになるのです。



<来週につづく・・・>


********************************

「余計な物は、持たなくってよッ。」

という生き方を実行中のあたくし。


これが現在の私の住まう部屋です。

玄関から入ってベットと箪笥のみ。

Cimg2010_2

できるだけ、このすっきり生活を保っていきたいものです。

物がないと、掃除がラクラクであります~

毎日床を2,3回掃いて、1回は軽く雑巾がけ。 床に物を置かず、家具がすくないと、

パパッと一瞬でキレイになります。

Cimg2012

清潔第一!

安全第一!

| 向井田みお |

2012年10月10日 (水)

My Life is Yoga 1 "物に振り回されずに生きていく!”

My Life is Yoga1“物に振り回されずに生きていく!”

本当に欲しいものを見失わないために、余計な物を持たない生き方をYogaで実践しましょう。

 

*********

YogaSutra(ヨーガスートラ)』の教えより学ぶ“物に依存しない生き方”

「アパリグラハअपरिग्रह(貪らない、慎みを知る)」<ヤマ>

「サントーシャसंतोष (満足すること、足るを知ること)」<ニヤマ>

*************

 

 

 

すっかり日本は秋らしいですね~。

 

 

常夏の南インドにいると、四季のある国の豊かさを

「むむぅ、素晴らしい。全自動で世界が変わっていくなんて。

気候が変わり、風景が変わり、衣服・佇まいが変わり、それによって心情風景も変わってゆく。なんて豊かなんだ!」

と、遠い目でその素晴らしさに思いを馳せるばかりです。

日本は、本当に恵まれた素敵な国です。

 

 

さてさて、そんな豊かな国の豊穣の秋。

清々しい澄んだ風に吹かれ、

「そろそろ生活変えたいよなぁ・・」

 と、じわじわと心の底から沸いてくる変化の兆しを感じている方も多いはず。

 

 

今までは夏の凄まじい暑さで、ぐだぐだぐにゃ~となり、

「もー 何もかも、どうとでもなればいい~じゃな~い」

と部屋は散らかり放題になっていたかもしれません。

 

散らかり放題の部屋。

雑然と好きでも嫌いでもない物がならび、手入れをされていないような大量の物質が転がるような荒れた環境。

そんな風に部屋が荒むと、なんとなく生活が荒れてしまいます。

 

きちんとやるべき事をせずに、日々ごまかしながら雑に生きてしまい、身も心も体も荒んでしまう。

さらに物が散乱し、メンテされていない物たちが汚れてゆく。

汚れのある場所にいると、そこでする作業もどこかいい加減になる。

掃除も、食べることも、寝ることも雑になり、生活全般が「タマス(怠惰)」というダルダルダル~な重いエネルギーに満ちてしまう。

当然やる気も無くなる。

 

うーん、Yogaすらめんどくさい・・・

何がしたいのか、何が欲しいのか? 自分の課題を考えなくなってしまう。

そんな高い志は、もはや埃と必要のないものたちに埋め尽くされ、ゴッチャゴチャ。

 

何のために生きるか?

生きるベースも目的もぼやけ、心が迷ってしまう。

その迷いが自分に対する心地悪さや焦りを生み、この欠落感を手っ取り早く埋めるために、どうでもいいものをまた手に入れようとしてしまう。物でその場しのぎの埋め合わせをしようとする。

 

「本当はこう生きたいんだよぉー」

と思っているしかるべき道を歩いていない自分に自信を失い、違和感を覚える。

やるべき事をやっていない、

という罪悪感と自責に悩み、無駄なことをしているという後悔で心はさらに迷い、

フラストレーションでいっぱいになり周囲にやつあたりする。

そして自己嫌悪で、いつもイライラ。

 

このイライラ解消のために、さらなる衝動買いなどで、無駄な物が増える。

物で部屋が埋め尽くされる。

 

物が増えると、掃除、メンテがいき届かず、ますます部屋が汚れる。

荒んだ環境で、やる気がさっぱりでない・・・(こうして振り出しに戻って、魔のスパイラルは繰り返される・・)

 

こんな恐怖の悪循環にはいっている方はいらっしゃいませんか?

恥ずかしながらYogaをする前の私は、日本ではこんなことばかりを繰り返していましたよ。

 

そして、ある日を境に

「こんなことじゃいかん!」

と、突然思いたつ。

一念発起して、とある秋の日に思い出したように生活を軌道修正しようとして、一気に片付け、一度に物を大量に捨ててしまう、ということをイベントのように繰り返していました。

 

気に入らない物も、必要なものも、大事なものも、とにかくなんでもかんでも捨てて、後になって

「おおぉっと、やっちまったぁ!」

と、捨ててはいけないものを捨ててしまったことを何度後悔したことか。

それでも懲りずに、毎年大そうじ大会を繰り広げていたものです。

 

基本的な自分に対する心構えがしっかりしていなかったから、

毎年同じことをして、毎回同じ失敗をし、痛い目にあっていたような気がします。

Yogaでいう「タマス(怠惰)」というダラシノない、重たいエネルギーに打ち負かされ、負のスパイラルに生き方がハマり込んでしまっていました。

 

 

ちょうど今日のような、10月の爽やかな日に、同じ様な思いに駆られている方はいませんかね?

 

「ぬおぉぉぉ、 こんなことじゃいかん。ダれてるばやいじゃない。

Yogaの精神を、真人間っぷりを、今すぐ、なんとかして取り戻さねばっ!」

 「せめてせめて、部屋にYogaできるスペースくらいは確保せねば。」

と思っている方。

 

そんな思いが沸いたなら、大きく自分変え、環境も体も心も浄化していくチャンス到来です。

 

ぜひぜひ、お日柄のいい秋の日に、新たにYoga的生活をスタートさせようじゃないですか。

まずは布団を干して、床をキレイに拭いてみましょう。部屋がさっぱりしたら、シャワーかお風呂で全身を清めるように頭のてっぺんからしっかり洗います。

美味しいお水をたっぷりのんで、季節の物を美味しく食べて、

秋の透明な風に吹かれてみてください。

心が洗われ、体が満たされ、自然と次やるべき事、自分がしなければならないことが明らかになり、元気に次の一歩を踏み出していけるはずです。

 

そして来週新たな気持ちで

Yogaのコンセプトを一緒に学んでいきましょう。

 

 

つづく・・・・

************************

先日、インドの祭り、儀式のある日に白いサリーをきてみましたよ。

となりのオレンジの衣のかたは、女性の出家者<スワミニ>

です。

6メートルの布をこうして体に上手いこと撒きつけてます。

なれたら楽で機能的なはず・・のサリーですが、

まだまだ完全にサリーに着られております。

Cimg1939

こちらは男性の出家者<スワミ>

心がいつも朗らかで、陽気で愉快なスワミジ。

お世話になっとります・・

Cimg1966

| 向井田みお |

« 2012年7月 | トップページ | 2012年11月 »