第1弾Yoga的半断食「エーカーダシーएकादशी(満月新月から11日目の半断食)」 その2
「エーカーダシーएकादशी(満月新月から11日目の半断食)」実践のメリット、その2
2012年1月19日は「エーカーダシーएकादशी(満月新月から11日目の半断食)」にトライされましたか?
「いやいやいや、日本はとっても寒くてフルーツやヨーグルトなんて食せませんよ。」
「残念ながら、丁度その日に限っていろいろあって・・・」
という方。大丈夫!大丈夫!
「エーカーダシーएकादशी(満月新月から11日目の半断食)」はいつから始めてもOK.
ちなみに、次回は2月3日ですがね。
また、「ここぞ!」という日も半断食をすることができます。
例えば、もうすぐくる2月20日の「シヴァラートリशिवरात्रि(シヴァ神の夜)」や、
「ヴィシュヌविष्णु(秩序と維持の力、すべてに行渡る者)」の日や
、『バガヴァッドギーター』が生まれた日なども
その日に半断食などの「タパスतपस्(精神修行)」をすることで、「プンニャपुण्य्(徳)」ポイントをUPさせるぞぉ!
と、『ヴェーダ(聖典)』文化圏の人々には考えられています。
そして、新しく始められた方、一緒によい習慣を続けていけたらいいですね~。
次回2月3日の次は、2月20日の「シヴァラートリशिवरात्रि(シヴァ神の夜)」。
その日は私も日本にいる予定なので、一緒にその日から始めてみるもいいですね。
「シヴァラートリशिवरात्रि(シヴァ神の夜)」の日は
Yoga的な習慣や修行をスタートさせるのにベストといわれる特別に吉兆な日ですから。
この日に精神修行のスタートをきれば、多少の障害や困難も、「シヴァशिव(すべてを収束させる力と法則)」によっ
てのみ込まれるので、きっとどうにかこうにか上手くいくでしょう!
ちなみに、日本だったら、お豆腐とか豆や大豆製品も
「エーカーダシーएकादशी(満月新月から11日目の半断食)」メニューに適していますね
わかめや海藻も豊富で、羨ましい限り・・
「でも、しょうゆや、つゆの元など、魚エキスとか、カツオを使ったりしているものはどうなのですか?」
という質問がありますが、できればその日は控えた方がいいでしょう。
しかし、これも“できれば”、ということで、半断食に絶対的な決まりはありません。
それに些細なことばっかりに気をとられ、神経質になって、周りの友達や家族をいたたまれない気持ちにさせるく
らいなら、気にしない方がいいでしょう。きっと。
修行をすることは、もちろん大事なのですが、周りの人に迷惑をかけたり、
気分を悪くさせてしまったり、調和を乱すことは、
Yogaで守るべき最もベーシックなプリンシパル「アヒンサー अहिंसा(非暴力)」に反することになるからです。
「ヒンサー हिंसा(暴力)」は、必ずしも周りの人々をブン殴る、とかいうわかりやすーい暴力だけとは限りません。
罵詈雑言を浴びせたり、調和を乱したり、気分を悪くさせたり、マナーを破ることも
“暴力”のニュアンスを含みます。
実はこの辺で、その人のバランス力・人間力が試されます。
あるところでは、きっちり守るべき事に線を引く。
そして、ある時点では周りとの調和も大事にする。
人によってそれぞれの立場があり、守るべき事に関しては『ヴェーダ(聖典)』やYogaの経典も
“絶対”とはいえません。
修行者1人1人の立場と状況で、守るべき事はそれぞれ違ってきます。
周りと上手くバランスを取りながら、己のやりたいことを極めるというのが、Yoga的コンセプト。
だから、
“自分の立場を客観的に見て、自分を取り囲む世界にどう対応していくか?”
を常に冷静に、繊細に考える必要がある。
その意味でも、「エーカーダシーएकादशी(満月新月から11日目の半断食)」の習慣はいい機会なのです。
そんなことを言うあたくしも、できるだけ周りに迷惑をかけないよう、
半断食の前日は静かにヨーグルトを仕込みながら毎回覚悟を決めているのですよ。
贅沢を言わず、周りの人を心配させず、修行をしているからって偉そうにもせず、
食べないからといって卑屈になったりもしないように。
そんなことまでして行う半断食が「エーカーダシーएकादशी(満月新月から11日目の半断食)」!
どうせやるなら、しっかりメリットを得たいものでありますな。
なので、今回は実践してみてこんなメリットがあったといことをお伝えします。
☆
【「エーカーダシーएकादशी(満月新月から11日目の半断食)」実践のメリット】
① 少量の食べ物で快適に生きていけることが解るので、将来に対しての恐れや不安が減る。
食べ物に対する心配をあまりしなくてもよくなるので、ガツガツした貪欲さがなくなってゆく。
これが、わかると
Yoga的には『YogaSutra योगसूत्र(ヨーガスートラ)』に記されてい
る実践すべき事の5つ『ニヤマनियम(するべきこと)』の1つ「アパリグラハअपरिग्रह(貪欲にならず、控えめにすること)」の態度が自然と身についてきます。
恐れてガツガツしたり、貯めこんだりする必要が無くなってゆくからです。
② 酒、肉、魚、卵などを食べないことで、「パーパपाप(不徳)」の蓄積を避けることができる。
『ヴェーダ(聖典)』のヴィジョンからすると、
Yogaやスピリチュアルな探求を邪魔する環境や人々という外の障害や、心の悩みや激しい感情、葛藤や無知・迷
いという内なる障害は、私たちがしてきた行いの結果に他ならないという・・
これは、『カルマの法則(行いの法則)』に基づいていて
良いことをすると、よいことが返ってくる。
良からぬことをすると、やはりそれ相応の負の結果が返ってくる。
シンプルでありながら、作用反作用、質量保存の法則のような自然界を司る絶対的な法則の1つが、
『カルマの法則(行いの法則)』といわれています。
この法則に触れている『カルマकर्म(行い)』とは、私たちが自由意志に基づいて判断し、選択してした行いのこと。
自分の自由意志によって判断し、行った『カルマकर्म(行い)』は、どんなにささやかなレベルでも世界に影響を与えている、というのが『ヴェーダ(聖典)』の教えです。
私たちが直接世界に影響を与えている『カルマकर्म(行い)』には、必ず結果がもたらされます。
例えると、私たちがする1つ1つの行い『カルマकर्म(行い)』は、大きな湖に石を投げ込むようなこと。
湖に石を投げこむと、湖は必ず影響を受ける。
水面がゆれ、しぶきがあがり、水絞が遠くまで広がっていく。
思いもしないような遠くへ水絞が届き、反対側の湖の岸に辺り収まったり、別の水絞とくっつきあったりしながら湖
全体の動きが変化する。
同じ様に、私たち1人1人がする行いはどんなに小さくても世界に影響を与えているのです。
さらに、必ずもたらされる『カルマकर्म(行い)』の結果は、2種のタイプにわかれる。
1つは、直接目に見える結果『ドリシュタ・パラदृष्टफल(目に見える結果)』。
もう1つは、行いの結果がすぐには繋がらず、別の『カルマकर्म(行い)』や他人の行いという要素と絡まり合いながら、未来や次の生で形を現す結果『アドリシュタ・パラअदृष्टफल(目に見えない結果)』。
未来に影響を与える『アドリシュタ・パラअदृष्टफल(目に見えない結果)』にはさらに2つあり、それを
「プンニャपुण्य्(徳)」、と「パーパपाप(不徳)」といいます。
簡単にいえば、
気持ちの良い、清々しい、良心に沿った行い、秩序をもたらす行いは、いろいろなファクターと混ざり合いながらも、「プンニャपुण्य्(徳)」として蓄積される。
例えば、やるべきことをしたり、誰かを助けたり、精神的な修行をしたりという『カルマकर्म(行い)』の結果
は「プンニャपुण्य्(徳)」となり、
「プンニャपुण्य्(徳)」は然るべき時がくると、私たちの目の前にラッキーな出来事として形を変えて現れます。
逆に、
暴力、生物を傷つけること、言うに言われぬ行い、誰かをいじめたり、陥れたりというやってから後悔したり、後ろめたさを感じたりする行い。
人としてそれはナシだろう、と思われる行いは「パーパपाप(不徳)」となる。
この「パーパपाप(不徳)」の現れが、障害や不運な出来事、痛みを伴う経験だというのです。
『ヴェーダ(聖典)』に言わせると、私たちの人生の違いはすべて今まで行ってきた『カルマकर्म(行い)』の違い、
「プンニャपुण्य्(徳)」と「パーパपाप(不徳)」の違いだけだといいます。
生きるという事は、
“今までの行いで積んだ「プンニャपुण्य्(徳)」と「パーパपाप(不徳)」を消化し、新しい行いをして、新しい「プンニャपुण्य्(徳)」と「パーパपाप(不徳)」を作り出すこと。
ということは、運の良い、ラッキーがたくさん起こる人生を行きたければ、積極的に「プンニャपुण्य्(徳)」を作り出すしかない!
聖典の定義では
「エーカーダシーएकादशी(満月新月から11日目の半断食)」の半断食は
「プンニャपुण्य्(徳)」をつむ『カルマकर्म(行い)』。
肉や魚、卵など「生きたい!」という思いがあり、動き、捕まえる時に逃げたり悲鳴をあげたりするもの(その可能
性のあるもの)を殺して食べることは、「パーパपाप(不徳)」となるのです。
しかも、食として提供している人よりも、生業として売ったり買ったりしている人よりも、
「生物の命を無理やり奪って食べるのは、良くないことである。」
と知りながら、取り続けるエンドユーザーが一番「パーパपाप(不徳)」を積むことになるという・・・
それにプラスして、
良くないとわかっているのに、それに目をつぶって行うしまうことは、小さいレベルで自分の心を分裂させてしまうことでもあるのです。
なので、なんとなくいつも心が晴れない。
後ろめたさを感じたり、自分に対して負の見方をしたり、微妙な罪悪感があったりとか、自分であることに誇りを失
ったり、蔑んだりしてしまったりもする。
できるならこういう心の矛盾も起こしたくはないもの。
それには不運や不幸の原因となる「パーパपाप(不徳)」を積むような行いをさけ、
ツキのある人生を、ラッキーなことが多い人生を生きるために「プンニャपुण्य्(徳)」を積むしかない。
そして、『ヴェーダ(聖典)』によれば、この「プンニャपुण्य्(徳)」は自分の意志と努力でするしかない!
それが実質人生を、運命のシナリオを変えてゆくことになるのです。
すばらしい。
運命に嘆いている暇があったら、どんどん心に良いことと、周りの人や生物のためになることをして運命を変えて
いこうぢゃないですか!
「私の人生は不運ばかりで、悲しい・・・」
なんて言って嘆いている間に、「パーパपाप(不徳)」を避け、「プンニャपुण्य्(徳)」を積んで人生の流れを変えることはできるのだから。
運命は変えていける。
もっといえば、自分の生き様は、自分の意志と選択次第!
私たちは、意志も、選択する力もしっかり携えてここで生きているのだから、
不幸をさけ、運やラッキーは努力で作ることができるのです。
これが『ヴェーダ(聖典)』に基づく『カルマの法則(行いの法則)』のメカニズム。
そして、
Yogaの道にはたくさんの「プンニャपुण्य्(徳)」が求められる。
よい環境やよき師との出会い、正しい教えや、それを理解する自分のキャパシティーを高めるためには、「プンニャपुण्य्(徳)」が必要。
“悟り”なんて仰々しいことを言わなくても毎日をいかに爽やかに気持ち良く、他人を受け入れ、自分に誇りを持って生きられるか?
それも「プンニャपुण्य्(徳)」の有無にかかっている。
自分の意志と努力によって作り上げた「プンニャपुण्य्(徳)」の結果が、Yogaの達成として実るのです。
そもそも、現時点でYogaに出会い、Yogaをしているということも「プンニャपुण्य्(徳)」が実を結んだ結果だといわれ
ています。
が、さらにYogaを深めるためにも「プンニャपुण्य्(徳)」は積んでおきたいものです。
「エーカーダシーएकादशी(満月新月から11日目の半断食)」を実践するメインの理由はここにあります。
さらに!
*消化にいいものを少量食べることで、体が快適に軽くなる。動きやすくなる。
*早寝早起きの良い習慣が自然となる。
私の100%主観に基づく個人的な結果からいうと、
実践して半年くらいで5Kg体重が減りました。それも苦しくなく、我慢することなく、むしろ快適に。
さらに睡眠時間が少なくても済むようになりました。
ウィークデイは4-5時間で、週末5-6時間寝ればもう大丈夫。
それだけ、消化などで体が無駄なエネルギーを使わなくなって、熟睡できているからかもしれませんがね。
7-8時間寝ないとムクれていた昔とは大違いです。すごいことだ。
そして、
*瞑想がしやすくなる。Yogaもどんどんしやすくなっていく。
ちょっとメリットを書きすぎたかもしれませんが・・・
実践すればするほど良い習慣であることに気がつくのです。
月に2回、自分と向き合い、自分を大切にする習慣を実践していけたらいいですね!
・・「プンニャपुण्य्(徳)」「パーパपाप(不徳)」についてあれこれ書きましたが、だからといって、
「私は恐ろしく「パーパपाप(不徳)」を積んでしまっている気がする・・・」などと
今の自分に罪の意識を持つ必要はない!
この世で完璧に「プンニャपुण्य्(徳)」だけ積むことをしている人、「パーパपाप(不徳)」のない人なんていません。
それは例え聖者や達人と言われる人であっても同じこと。賢者にも悟りを得た人にも、「パーパपाप(不徳)」はあります。
私たちは、できるだけ毎日、自分にも周りにも良いことを心がけて行えばいいのです。
そしてつらいことがあっても、
「まー今は「パーパपाप(不徳)」を大量消費する時期なんだな~」
と軽く受け止める。
逆にいいことがあっても興奮せず、
「ああ、「プンニャपुण्य्(徳)」がまた一つ実ってるな。」
といって同じ様に軽く受け止める。
客観的に、爽やかに毎日を受け止め、どんなことにも“振り回されない”。
でっかい態度をもち、
広くてポジティブな自分を見失わない心を養う事がYogaの道ですからね~。
というわけで、やるべき事をやっていれば心配無用!!
恐れるなかれ。
次回は、Yoga的生き方をさらにさらに加速させる「जप ジャパ(マントラ瞑想)」や祈り、毎日できる「プージャ
पूज(儀式)」についてお伝えしたいと思います。
*************非暴力ヨーグルトの作り方****************
非暴力ヨーグルト?!
そう、それは、ひっそりと半断食の6時間前以前
「ヨーギーयोगी(Yogaの実践者、達人)」によって仕込まれるヨーグルトのこと。
作り方をご紹介しましょう。
① ミルクを45度くらいに温める。基準は、指を入れて10秒ギリギリ保てるくらいの温度。
ヌル過ぎても熱すぎてもいけません。ミルクの3分の1くらいを豆乳にしてもよいです。
② 500mlのミルクに対して、大匙1-2のヨーグルトを入れる。で、よくかき混ぜる。
③ お布団やタオルでくるんで、暖かいところに放置。6時間後にはヨーグルトになってますよ。
ん~ん、このマイルドなテイストは、非暴力の味。
↑
これが噂の 非暴力ヨーグルト
しかし、できたぁ! といって嬉しさのあまり一気食いはだめですよ。
次のヨーグルトの種を少し残し、取り分けてから召し上がってくださいましな。
↑
こうしてできた、ヨーグルトをランチやおやつのために持ち歩いてますよ。
この入れモノは、「カマンダル」といわれる容器。
プリミティブながら非常に優れている。
すばらしい。
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